経済学は「科学」といえるのか

  • 2017.10.19 Thursday
  • 18:56

 「科学」とはいろいろの知識を、一定の目的や方法、原理に従って、体系的に組み立てたものと『新選国語辞典』(小学館刊)は解説している。「科学」をわかりやすく定義すれば、一定の条件のもとでは、誰が、同じ行為(実験)を行っても同じ結果を得られるという事であろう。

 例えば、光の速度は誰が計測しても真空中で毎秒30万キロメートルである。

 わたしたちの生活は電気の発見による明かりをはじめ「自然科学」の発達によって実に多くの恩恵を受けている。

 一方、「自然科学」に対して、経済学や社会学といった「社会科学」は果たして「科学」と呼べるのか疑問に思うのである。

 例えば、経済学の場合、人口や年令構成、制度や所得など、その時代によって刻々と条件は変化しており、条件を一定させることは仮定の話に過ぎない。

 社会学なども「科学」というには、怪しいものだと思っている。

 家が貧しいから必ずしも優秀な子供に育つわけでもないし、裕福な家に生まれた子供が必ずヤクザ者になるとは限らない。

 ところで、2017年のノーベル経済学賞には、心理学を反映させた「行動経済学」の発展に貢献したとしてリチャード・セイラー教授(72)が選ばれた。

 従来の経済学は、人間は合理的に行動するという一定の条件(前提)に立つが、セイラー教授は「人間は合理的ではない」ことを前提に、人々に「ナツジ(小さな誘導)」を与えることで、よりよい社会をつくる理論を組み立て、政策決定や企業活動に応用され、効果を発揮しているという。(1011日付日本経済新聞)

「ナツジ」は英語で「相手を肘で軽くつつく」という意味だそうだ。

 米国では、企業年金の加入者を増やすため、目先の手続きをためらう人間の特性に着目し、自動加入でかつ自由に解約できる形などにすることで利用者や年金貯蓄額を大幅に増やしたという。

 日本でも個人が手続きする国民年金の未納が問題になっているが、企業が自動的に手続きを代行するサラリーマンの厚生年金はほぼ100%納入されている。

 セイラー教授の研究の3原則は「観察する」「データを集める」「主張する」であるという。確かに、人間はよく観察すると道理に合わない不合理な行動をとる生き物ではある。

 

写真:ウィキペディアより「リチャード・セイラー教授」

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