禄ある者は任うすく。任ある者は禄うすく

  • 2017.12.04 Monday
  • 18:02
 「禄ある者は任うすく。任ある者は禄うすく」

 最近、ある人からこの言葉を教えてもらった。なかなか意味深くあじわいのある言葉である。

 江戸幕府を開いたとき、家康および家康の周りを固めていた知恵者たちは、この考えを基にして大名のふるい分けをした、と山本一力の『べんけい飛脚』(新潮文庫)という小説の中に出てくる言葉である。

 関ヶ原の合戦で奮闘した山内一豊の軍功を家康は大いにたたえ、4倍の加増をしたが、外様の山内家を信用せず、遠江(静岡県西部)から土佐(高知)への移封を命じた。「禄ある者は任うすく」である。家康ならではの巧みな人心掌握術といえる。

会社経営においても、必ずしも肩書きが、収入と直結する訳ではない。経営陣の場合、業績が悪ければ、社員より収入が少ない場合もある。「任ある者は禄うすく」である。もっとも、業績が悪くなっても経営陣の給与を下げない会社もある。そんな会社はやがて行き詰まるだろう。

 家康および家康の周りを固めていた知恵者たちが一体どこでこのような考えを持つに至ったのか興味があって、出典がないか探してみたが、適当なものがなかなか見つからなかった。

 ただ、中国の『漢書・朱雲伝』に「尸位素餐(しいそさん)」という言葉があるのがわかった。高い位にあるだけで職責を果たさず、高禄をはんでいることをいう。

 秦が滅亡した後、項羽との戦いに勝利した劉邦によって建国された長安を都とする前漢の学者であり、政治家の朱雲は、9代の成帝の時代に、成帝の学問の師であった元丞相の安昌候張禹が目に余るほど尊重されていることに対して、「今の朝廷の大臣は主を正すことも民を助けることもできず、高いくらいにあって高禄をはんでいるだけだ」と進言したため、成帝は「小物が上を非難し、公衆の面前で皇帝の師匠に恥をかかせるとは死罪である」と怒り、連行させようとしたが、朱雲は宮殿の欄干につかまって抵抗したため、欄干が折れてしまった。

 朱雲は連行されたが、辛慶忌という将軍が朱雲を殺すべきではないと命をかけて成帝をいさめたため、怒りもとけて許された。成帝は欄干を修理する時、直臣を顕彰するため、欄干は交換せず、元のものと繋ぎ合わせるように命じたという。厳しく叱るという「折檻」という言葉の起こりである。

 

写真はウィキペディアより徳川家康

Tokugawa_Ieyasu2.JPG

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