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- 2022.04.22 Friday
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マス目に一字づつ文字を書くという日本独特の原稿用紙がいつ頃誰の手によって発明されたのか、誕生秘話を神楽坂の文具店である相馬屋源四郎商店11代目当主の長妻直哉氏が8月31日付の日本経済新聞の「文代」欄で紹介している。
もともと創業者の相馬屋源四郎は紙漉き職人であったが、商売が順調に伸びるにつれ、全国から和紙を仕入れる紙問屋へと業態をかえ、明治期には西洋紙も取り扱うようになる。
当時、まだ、A4やB5などの紙の規格は存在せずロール状の西洋紙を注文に応じ裁断して納品していた。口頭での注文のため聞き間違えて返品された紙を店先に積んでおいたところ、近くに住んでいた「金色夜叉」で知られる作家の尾崎紅葉が「マス目の入ったものを印刷してはどうか」と助言したのが原稿用紙の始まりだという。
北原白秋、坪内逍遥、石川啄木、志賀直哉、夏目漱石ら名だたる作家が相馬屋の原稿用紙を愛用した。野坂昭如や脚本家の倉本聡氏も愛用しているという。現在テレビ朝日で放送中のテレビドラマ「やすらぎの郷」のオープニングのラストカットの原稿用紙は相馬屋のものだそうだ。
今は手元にないが、小学校の教員を退いた後、長年、京都・丹波で作文教室を続けていた父親はB5サイズに緑色の罫線の原稿用紙を「えなべ用箋」として特注して使用していた。
写真は相馬屋HP商品紹介より「B4判400字 100枚 赤」